ま、テキトーにな。

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深夜の病棟

取り敢えず週末に出所出来ることになりました。




今回の怪我で仕事やプライベート関係で皆さんには大変ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。






シャバに出ればもうこっちのモンです♪





今まで出遅れた分、シッカリ取り戻しますからね♪
(≧∀≦)ノ






ども、JINNです。






最近ブログを見た方から
「軟禁生活もエンジョイしてるね。」
とよく言われる。




まぁ、確かにブログに書いているのを見ると楽しそうに見えるかもしれないが、それ以外では案外大変なことや辛いことがあるのよ、本当は。




今回は救急で半分押し掛け入院だったもんで、五階の整形外科のベッドに空きがなく、最初は八階の関係の無い科の空きベッドに収容されてました。




なんかちょっと整形外科と雰囲気が違う。




なんつぅ~か、重いっつぅ~か、暗いっつぅ~か・・・・・・





8人入る大部屋なのに皆ベッドのカーテンを曳いたままで、まるでひき籠もったように顔も出さない。



唯一一人だけ、私の向かいのベッドの方だけが昼も夜もカーテンを開けっ放しなのだが、明らかに私とはジャンルの違う人種。






同じヲタクであるのは間違いないのだが、ベッドの周りには美少女アニメの雑誌やら、漫画が山積みに。




私はガンダム好きのメカアニメ系ヲタク。
一方お向さんは、いわば今流行の“萌え系”ヲタク。




私の左膝がなんともなければ、バンダレイ・シルバ並のタックルからマウントポジションを取って顔が倍に腫れるくらいパウンド(殴る)してから、一気にチョークスリーパーで決めずにジワジワと絞め殺したいタイプ。



とても仲良くなれる御方ではない。




他の方々はずっとカーテンを曳きっぱなし。




冷戦の象徴だった「ベルリンの壁」のように、カーテン曳きっぱなし。




しかも、夜になると啜り泣く声が聞こえてくる。





その啜り泣く声が耳についてなかなか寝れない。




私までつられて啜り泣きそうになった。






もうね、左膝の手術の予定が
「一週間先になります。」
って言われるより、そっちの方が辛かった。





そんな感じで何にもしてあげられない「無力感」を味わいながら、私の4回目の「入院」と言う名の生活が始まった。







で、収容されて四日目。
本来収容されるべき五階の整形外科に、八階の同室の方々と一度も接する事無く「無力感」を感じたまま移動。




夜中に啜り泣く声は聞こえなくなりましたが、今度は私のベッドの両隣の方々が賑やか。





右隣の方は、起きてる時は常にブツブツ独り言を言っているか、オナラをしている。
そして夜になると強烈なイビキを発するか、やはりオナラをしている。




どうも常に上からか下からのどちらかから、音を出していないと気が済まないらしい。





そして左隣の方は、起きている時は静かなのだが、夜になると
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
と奇声を発したり、いきなり
「あ、すみません!いま高田馬場なので1時間くらいでそちらに着きます!」
と、誰かと電話をしている寝言をハッキリと大きな声で言う。






当然寝不足。
普段とは違った意味で寝不足。






私の寝不足は左膝の手術の二日後に、今いる532号室に移るまで続いた。




五階では「無力感」ではなく、「殺意」を感じた。
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by thirty-satan | 2007-02-27 23:12 | 軟禁生活

カウントダウン開始!

ども、JINNです。




私が4回目の収容所での軟禁生活を始めてちょうど一ヵ月になった今朝のこと。
主治医の先生が私の病室に往診に来て
「リハビリの経過も順調ですし、来週中には“入院”ではなくて“外来”にしましょうか。」
と発言しました。





「外来」




つまり、その言葉は待ちに待った「退院」を意味しているのです!




いやぁ~、長かった。
ほんと長かった。



現在収容されている532号室の“主”に半分なりかけてたくらい長かった。





532号室で独立宣言して自治権を主張しようと思うくらい長かった。





いやぁ~、やっと自由の身になれます♪







もうね、シャバにでたら真っ先にラーメン食べてやる!



んでもって、メガマックも食ってやる!




そんでもって、そんでもって・・・・・・








とにかく「自由」だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
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by thirty-satan | 2007-02-24 00:28 | 軟禁生活

軟禁生活長期化

来週になるともう三月ですよ。




早いですねぇ。




ってかさ、あと二日も経てば4回目の収容生活が一ヵ月になっちまう訳ですよ。



リハビリは始まってはいるのですが主治医の口から「退院」の「た」の字が出てこない。



「リハビリ」の「リ」の字もなかなか出てこなかったけど。




「リハビリ」の「リ」の字はちょっと強制的に引き出した。




どうもかなり医師の皆様は慎重になっているらしい。



それがどうやら今回は骨折だけでなく、靱帯と筋肉の一部も断絶していたらしいからしょうがないんだろうけどね。




取り敢えずリハビリに励んでおります。






ども、JINNです。





今日の午後のリハビリの時のこと。




なんかどこかで聞いたことのある肉厚で響く声が聞こえてきました。




声の出処を探してリハビリセンターの出入口の方を見ると、髪を短く刈り上げて白髪混じりの髭を生やしたこれまた肉厚で、陽に焼けたバイナップルみたいな男性が見えました。




誰かに似ているなぁ、とリハビリをしながら何となく見ていたら、頭の中で「めりじぇ~ん♪」と歌が鳴り響きました。





そう!
そうです!その人は
「つのだ☆ひろ」
本人だったのです!




いやビックリ!
こんな場所で名前に「☆」を付けた人と出会えるなんて、想定外もいいとこ。




ま、都内にいればそれなりに有名人にも会えるってモンですよ。






噂によると「C・W・ニコル」も現われるらしい。





個人的にニコルさんと「トトロの森」について熱く語り合いたい。





「森林」について議論したら負けるけど、「トトロの森」ならぜったい負けない!




なんだったら「ラピュタ」についてでもいい。
もうね、「破滅の呪文」唱えちゃう。





けど、やっぱり平和的に「トトロの森」について語るのがいいかな。






となりのとっとろぉ、とっとぉ~ろぉ~♪


トロっ取ろぉ、トロっ取ぉろぉ~♪





トロ喰いてぇ~!







P.S
「飛べない豚は、ただの豚さ。」
と渋く決めている豚がいましたが、私にしてみれば
「飛べない豚も飛んでる豚も同じ豚!」
です。




つまり「食料」ってことね♪





豚カツも食べたい・・・・・・
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by thirty-satan | 2007-02-22 19:44 | 軟禁生活

病室のオカシナ面々 その2の4

@ご飯氏、@A木君、そして私の3人は、久しぶりに旨いラーメンを堪能し心もお腹も満腹になりながら人体修復専門工場の私達の部屋へと戻った。




暫らくすると旨いラーメンで満腹の私達の前に、18時の夕食が運ばれてきた。



ども、JINNです。




ラーメンで満腹の私達の目の前に置かれた夕食は中華丼(気持ち大盛り)。
しかも、塩分控えめで一般の中華丼よりもかなりの薄味。



普通なら残すところですが、私が収容されている人体修復専門工場では食事をちゃんと食べたかどうかチェックされ常に記録されるため、普段残さず食べるのに少しでも残そうものなら
「どこか具合が悪いのですか?、なぜ残したのですか?」
と、監視の目が厳しくなります。






残す訳にはいきません!




しかしですね、塩分タップリのラーメンのスープまで残さず飲んだ後の塩分控えめ薄味中華丼は、正直言って味なんて無いも同然。
中華丼の花形「ウズラの卵」でさえも、口の中で噛んだ触感でやっと分かる程度。




人間を30年以上やつてきましたが、今までで一番食べるのが辛い中華丼でした。




そんな塩分控えめの薄味中華丼との戦いも残り後僅かとなった頃、交通事故で同室に収容されていた@K川氏の奥様が
「よろしかったら食後のデザート代わりにどうぞ♪」
と笑顔で「ドラ焼き」を同室の皆さんに配り始めました。




もちろん私のところにも。



いやね、好きですよ「ドラ焼き」。
ドラえもんに負けないくらい好きです。
私が唯一粒アンの存在をゆるしているのが「ドラ焼き」ですから。




けどね、ラーメンと中華丼(どちらも明らかに量が多め)を食った後のデザートがドラ焼きって・・・・・・




ふと@ご飯氏の方を見るとすでにドラ焼きを食べており、しかもあと一口で食べ終えようとしていました。



しかも余裕の表情で。






えぇい!@ご飯氏の胃袋はバケモノか!?(byシャア・アズナブル少佐)





私は取り敢えずドラ焼きは後で食べようと思い、お菓子の入っている袋に入れようと右手に持ったその時、私とちょうど向かい合っているベッドに@K川氏がおり、その横に座っていた奥様と目が合ってしまいました。





お互い笑顔でかるぅ~く会釈。





そしてあろうことか、私はドラ焼きを持った右手を軽く上げて
「いただきます♪」
と言ってしまったのです!






あれ!?言っちゃった!?
今「いただきます」って言っちゃった!?
いや、何かの聞き間違いでしょ?
そうそう、聞き間違い、聞き間違い。
早くドラ焼きしまわなきゃ。






再び@K川氏の奥様と目が合う。




再びお互い笑顔で会釈。




私はドラ焼きを頬張りながら、そのあまぁ~い香を漂わせたその茶色い物体は、デザートと呼ぶにはあまりにも大きく、そして重たく感じました。






その後、私達の病室の患者さんにお見舞いに来る方々の「差し入れ」が、お菓子やデザート等ではなく、肉まんや豚角煮まん、しまいには某有名店のカツサンドや駅弁などの「食料」へと変わっていきました。




「531号室はエンゲル係数が高い」という噂と共に・・・・・・





     おわり
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by thirty-satan | 2007-02-20 23:03 | 軟禁生活

病室のオカシナ面々 その2の3

同室でラーメン好きである@ご飯氏と@A木君、そして私の3人は人体修復専門工場の近くにあるラーメン屋に行く事を計画、そして実行へと移す。




私達は怪しまれる事無く1階ロビーまで辿り着いたのは良かったが、ラーメン屋の目の前に出られるはずの職員用の出入口が閉鎖されていた。



それはかなり想定外の出来事だった。





ども、JINNです。





順調に行くと思われた計画が、想定外の出来事で中止になることはよくある事です。
まさに私達はその状態に陥りました。




夕方の時間帯に職員用の出入口以外で外に出るには、正面玄関を通るしかありません。
しかしそこには守衛が常に常駐しており、監視の目を光らせているのです。






作戦は中止か!?





諦めの雰囲気が漂い始めたとき、@ご飯氏がある事に気が付きました。




実は人体修復専門工場の建物内は禁煙となっており、喫煙するときは正面玄関を出て右手にある自動販売機の前の喫煙所にいかなければならないのです。
喫煙所に行くような素振りで正面玄関を通れば問題はないのでは?




煙草を吸わない私達には喫煙所という存在を意識していませんでした。





だがそれにはちょっと別の問題がありました。
@ご飯氏と私は年令的にも見た目的にも問題はないのですが、@A木君はまだ16歳。
私は@A木君の顔を見つめました。








問題無し!




私達3人はいかにも喫煙所に行くように正面玄関を通り外へ出ると右に向かいました。
そして喫煙所の手前で左へと曲がり、駐車場を抜けてまんまと人体修復専門工場の外へと出ることが出来たのです。





膝の手術をしたのに、やや早足で歩く3人。





目指すはラーメン屋!
その名も「大勝軒」!




店の前に来るとすでに旨そうな香が漂っています。
夕食にはまだ早い時間帯なので店め空いており、私達はすぐに店内に入り仲良くならんで座りました。




私と@A木君は通常のラーメンを注文しました。
@ご飯氏はつけ麺の大盛り、しかも
「ネギ多めの甘抜きで!」。




なかなかのツウです。




この「大勝軒」、あの東池袋にある有名な「大勝軒」の直系に近いらしく、本家の味に近いらしいのです。



確かに私の住んでいるとこから一番近い「大勝軒」とは、スープの味が少し違いがあります。



ま、どちらも旨いんですがね♪




ただね、どこの「大勝軒」にも共通して量が多いんですよ。
「大勝軒」のラーメンを経験された方なら分かると思いますが、他のラーメン屋の大盛りがここでの普通盛りって感じです。
しかも麺は太麺、チャーシューは厚切りで大きくボリューム満点!





夕食1時間前に食べる量じゃないんですよねぇ・・・・・・




こうして久しぶりにラーメンを食べる事の出来た私達は、何事もなかったかのように再び人体修復専門工場へと戻りました。




1時間もしないうちに夕食になるのに、満腹の状態で・・・・・・



     つづく
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by thirty-satan | 2007-02-16 09:45 | 軟禁生活

病室のオカシナ面々 その2の2

2006年12月20日、3回目の「入院」の目的である左膝前十字靱帯の再腱手術は無事に終わった。




翌日からさっそくリハビリが始まり、暇だと思っていた「入院」生活は忙しくなり始めた。




ども、JINNです。




人体修復専門工場の食事は健康に配慮し、素材の味を全面に押し出したとてもヘルシーなものでした。




要は塩分控えめの薄味で面白みもないって事なんですけどね。




そんな食事ばかりだとやはり恋しくなるのがラーメン。
しかも私が収容された人体修復専門工場のすぐ近くに、テレビ等でよく紹介されるラーメン屋が2軒もあるとなれば行きたくなるのは必然でしょう。



都合の良いことに同室の@A木君と@ご飯氏は私と同じラーメン好き。
二人とも私と同じ手術を受けており、話の流れは当然そこのどちらかのラーメン屋に食べに行く方向で意見が一致しました。



さっそく作戦が計画され、私たちが収容されている建物に詳しい@ご飯氏が逃走ルートを提案。
なんでも職員用の出入口を使えばラーメン屋の目の前に出られるらしい。
翌日にさっそく実行に移すべく、私たちはそれぞれ翌日の回診やリハビリの予定をチェックし、午後には作戦を実行出来る事を確認して消灯時間を迎えました。



翌日、午前中はそれぞれリハビリを予定通りにこなし味気ない昼食を食べ終わると、作戦開始までくつろいでいました。



予定では夕食は18時なので15時頃に作戦を実行出来れば理想的なのですが、昼食後に@ご飯氏が
「午後もリハビリに行く」
ということで、@ご飯氏がリハビリから戻り次第作戦を実行することとなりました。




@ご飯氏がリハビリから戻る迄の間、私と@A木君はノンビリと談笑していました。
また、前日に膝の手術で同室になった@N島君が無事に手術を終え、麻酔が切れ意識もハッキリし、成長期の男の子らしく付き添いの家族に
「お腹空いたぁ~」
と訴えていましたが、看護士からは
「夕食までは食事は無理」
と他の患者同様に辛い時間を過ごしていました。




ところが、@ご飯氏は15時どころか16時になってもリハビリから戻らず、@A木君と私は
「本日の作戦は中止かな。」
と半ば諦め始めていました。




16時を30分も過ぎた頃、@ご飯氏がリハビリから戻ってきました。
そして、@ご飯氏は汗で濡れたTシャツを着替えると私と@A木君に
「さあ、行きましょうか!」
と爽やかな笑顔で言ってきたのです。




えぇっ!?今から!?
夕食まで1時間ちょっとしかないのに!?






チームACL出動!





@N島君の家族に笑われながら私達は外に出る準備をしました。




まず速やかにエレベーターに乗り込む事が重要。
なぜなら私達の収容されている部屋はエレベーターから一番離れている上にエレベーターホールの横には監守房があり、囚人3人が同時に移動していると怪しまれるからです。




3人で様子を伺いながらエレベーターホールに向かうと、他の囚人の面会の方が先にエレベーターのボタンを押して待っていました。


我々3人にとっては好都合。



私達がホールに着くとすぐにエレベーターが来て、監守に気付かれる事無く乗り込む事が出来ました。




さらに都合がいい事に私達が行動を開始した時間帯は面会者が多く、その中に紛れて移動することで見つかる事無く職員用の出入口に辿り着きました。




ところが!



行動時間が遅かったからか、年末だからなのか、なんと職員用の出入口が閉鎖されていたのです!




     つづく
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by thirty-satan | 2007-02-14 09:42 | 軟禁生活

病室のオカシナな面々 その2

2006年12月19日、私は3回目の「入院」をする為に再び都内某所の人体修復専門工場に収容された。




今回は2006年4月に交通事故に遭い、その時に負傷した左膝の修復工事の為だった。



内容は、左膝前十字靱帯が切れているのでお皿の下の靱帯3分の1(骨付き)を切り取り、それを切れた前十字靱帯の代わりになるよう取り付ける再腱手術。




私が収容された部屋531号室は同じ手術を受けた人がすでに2人収容されていた。





ども、JINNです。



私の3回目の「入院」は3年前の2度目の時と同じ人体修復専門工場で、前回とは一階違いのフロアーの6人部屋、531号室の入って右側の一番奥の窓際のベッドで過ごすことになりました。



収容された翌日にはさっそく手術の為、夕方6時を最後に食物、夜の9時には飲物すら口にすることが出来なくなりました。



2006年12月20日手術当日、私は2番目の手術の為朝から点滴を打たれ、おとなしくベッドで横になっていまた。


お昼には翌日に同じ前十字靱帯の再腱手術を受ける4人目の@ご飯氏が、私と同じ病室に入院してきました。



13時頃になるといよいよ私の順番になり、私は手術室へと運ばれていきました。



前回は病室を出る段階で麻酔を使う前から爆睡しており、手術室の中の事は何も覚えていませんでした。
しかし今回は麻酔を使われるまで意識はハッキリしており、手術室に入り手術台に乗せられて心電図や血圧計、血中酸素濃度を計る機械を取り付けられながら、私は裸同然の姿で「救命救急24時!」によく出てくる手術用の照明に照らされながら“マナイタの上の鯉”の様におとなしくされるがままになっていました。



「それでは点滴から麻酔をいれます。」
と麻酔担当の医師の声が聞こえ数秒後には全身に脱力感を感じると、私の記憶はそこで途切れました。




私が再び意識を取り戻したのは病室のベッドの上でした。



しかも翌朝。



私は意識も体も麻酔からしっかり醒め、朝食(お粥などの消化にいいもの)を食べながら
「足りないなぁ・・・」
と内心思っていました。



そんな時、
「あのぉ~、お腹空いたんですけどぉ~、手術が終わったらどれくらいて食べられるのですか?」
と看護士と話している@ご飯氏の声が聞こえました。
「麻酔から醒めて内蔵が動きだしたらいいですよ。」
と看護士が答えると
「じゃあ最初の手術だからお昼には麻酔から醒めますよね?」
と昼食は食べられると確信したように@ご飯氏が問い返しました。
しかし看護士からの答えは
「いや、お昼ではまだ内蔵が動いていないと思うので無理でしょう。夕食は間違いなく大丈夫でしょうけど。」
という@ご飯氏の希望通りとは違う答えでした。



「えぇ~、夕食まで何も食べられないんですかぁ~!?」
という@ご飯氏の落胆した声と、私の隣のベッドの@A木君が朝食を食べ終え、今度はお菓子を食べ始める音が同時に聞こえました。


     つづく
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by thirty-satan | 2007-02-08 22:41 | 軟禁生活

お薦めの一冊

ども、JINNです。



収容所生活はなかなか普段のんびり出来ない人にはある意味お薦めかもしれない。




まぁ、ある程度回復するとリハビリが始まり忙しくなるのだが、収容された当初の安静にしていなければならない時期は時間がかなり余る。




そんな時はテレビも良いけどやっぱり読書が一番!




普段の生活なら通勤電車の混雑の中くらいしか本を読む時間が無いのに、「入院」中は食事と診察の時間以外はすべて読書の時間に当てられる。




正直言って前回の「入院」では本代だけで福沢諭吉さんが二人私の元から去って行った。




今回は読んでいる漫画の発売日直前に収容されたので、まず漫画を二冊、そして文庫本を一冊購入。




漫画はね、同世代の男性(一部の女性)なら知らない人はいない「ガンダム系」なんですけどぉ♪
(≧∀≦)ノ



んで、文庫本の方なのですが正直ね、姉(推定年令3※歳バツ1再婚済み)が買ってきたのであんまり期待出来なかったんですよ。



だってね、帯のところに

「生き残る確立はゼロ!」
ってでっかく書いてあり、その下には

「宇宙旅行に飛び立った宇宙船で事故発生。ただ一人残った乗客の苦闘を描く感動の冒険サスペンス」

だよ!

「感動」と「冒険」と「サスペンス」が三つも並んじゃって欲張りもいいとこじゃん!



C級SF小説みたいに何でも並べりゃいいってもんじゃないっつぅ~の!




もうね、最初のページを捲るのが憂鬱だった。
しかも本編は519ページもありやがんの・・・・・・



しかし、収容されたばかりで安静にしていなければいけない私に他に本を買う為の外出許可がおりる訳もなく、仕方なくそのC級SF小説を読むしか選択の余地は無かった。



えっと、主人公は44歳再婚の子供が4人、典型的な中産階級の白人で製薬会社のセールスをやっている中年男。



ふむ、ふむ。


で、ストーリーは・・・・・・











それがさっ!




善いんだ!これ!
すっごくイイッ!!



なんつぅ~か、地上とも通信が出来ずただ一人死を覚悟しつつも最後まで諦めずに藻掻き、足掻き、努力するのはよくある話。



それが気晴らしに主人公が自分の過去をパソコン(?)に綴ったことがインターネットで全世界に配信されてしまう。



そこには甘酸っぱい(?)赤裸々な青春の恋愛はもちろん、妻や子供家庭の悩み、会社での苦悩、そして父親として、夫として、男としての葛藤や苦悩が綴られながらも、自分の家族、子供達や亡くなった親に対しての深い愛情が惜しみなく綴られていく。





まだ自分の家族を持った事の無い私でも主人公が綴った子供達への深い愛情には、ついつい目頭が熱くなったくらいイイッ!




いやぁ~、久しぶりに善い本に出会いました♪



ぜひね、私と同世代のお父さんから小説の主人公と同世代のお父さんにはぜひ読んで欲しい一冊です。





あ、本の題名言ってなかったね。
題名は、

「軌道離脱」
ジョン・J・ナンス著

早川書房のハヤカワ文庫から出てます。



おっといけね、
ここで修正のお知らせ。



当初私はこの小説を「C級SF小説」と言いましたが、
「A級感動冒険小説」に訂正させて頂くと共にお詫び申し上げます。




どうもね、映画化されるらしい。
(帯に書いてあった・・・)
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by thirty-satan | 2007-02-04 23:23 | てきと~

病室のオカシナな面々その1の2

3年前、私がキアリ奇形という病気で人生2回目の入院した時のこと。



ある夜、いつも看護士が見回りで歩いてくる方向とは逆の方向~手術室のある方向~から近づいてくる足音に私は気が付いた。





そして、その足音は私のいる部屋の出入口の前で止まった。






ども、JINNです。




前回の続きです。



私は始め緊急オペが入り、患者さんの家族が手術室の前を落ち着かずに歩いているのだと思いました。
ところが、部屋の出入口のカーテンの隙間からは手術室の明かりは確認できないどころか、廊下自体も真っ暗なまま。




“また眠れない患者の誰かがウロウロしているのかな?”
と今度はそう思いました。




私はたいして気にも止めず再び眠ろうとした時、その足音は部屋の中へと入って来たのです。





部屋の出入口のカーテンを揺らすこともなく・・・・・・




私は驚いて部屋の出入口を凝視していると足音は私を無視するかのように部屋の真ん中を窓際の方に真っすぐす進んでいきました。
そして窓際にある左のベッドに何かが乗っかる音がしました。



私は寝呆けた頭で何が起きているのか理解しようと暫く何かが乗っかった音のした窓際のベッドを見つめていました。




確かに私のメインカメラ~視覚は2個とも起動している。
しかし、足音を発てていた人物、あるいは物体を捉えていない。
しかし、私の2個の集音マイク~聴覚は私のベッドの左手にある部屋の出入口から右手の窓際のベッドまで何ものかの足音を捉えていた。




私は暫く暗い6人部屋の真ん中のベッドの上で何が起きたのかを考えていました。




しかし、いくら考えても答えは一つしか思いつきません。




ただ、出来れば認めたくない現実。





その時私は意外なことに「恐怖心」を感じていないことに気が付きました。



身の危険を感じた時に起きる背筋を走る冷たい感触。



背中に貼りつくゾクゾク感。




そんな感触は一切無く、何故か冷静に判断しようとしていたのです。




ここで私は今起きた出来事を違った角度で改めて解析することにしました。





Q.視覚に捉えることは出来ないが聴覚では捉えることが出来る存在とは何か?




A.風



しかし、風ならカーテンが揺れるはずだし、触感~肌が風の流れを感じるはず。


あのアーノルド・シュワルツェネッガーやダニー・グルーバーを苦しめたプレデターだってそんなことは出来ない。



つまり、それはなかった。




Q.では、足音はするが空気を動かすことなく移動した見えない“あれ”は何か?



A.・・・・・・(ーωー;)






認める!?







認めちゃう!?







マジで認めちゃう!?






いやど~なのよ、それって!?






認めちゃったら大槻教授が怒っちゃうじゃない!?





けどさ、目の前で起こっているのも事実な訳で。







ファイナルアンサー




私は有りのままを受け入れる事にしました。




例え正体が分からないモノであろうと別に害がある訳でもないようだし、オトナシク窓際のベッドにいるならそんなに問題ではないでしょう。



思えば1人で6人部屋を占拠しているのも贅沢な話だし、どうせあと5個もベッドが空いている訳だからその空いているベッドの一つや二つが例え今は人間じゃない人が使ったって良いじゃない!



そ、もっと視野を広げて物事を捉えよう。



“人類みな兄弟!地球の生物はみな友達!”



だったら“以前は人間だった人”だって以前は兄弟の1人な訳です。
人類ではなくなったらせめて友達くらいには思ってあげたって罪にはならないでしょう。






しかしね、甘かった。



私の考えは非常に甘かった。






その次の夜、足音が増えてきました。




それも一気に2人増えやがった・・・・・・




恐らく最初の訪問者は最初と同じ窓際の左のベッドに。
2人目は部屋に入ってすぐ左手のベッドに。
そして3人目は窓際の右のベッド、つまり私の右隣のベッドに納まったのです。





こうして私は退院するまでの何度かの夜を淋しい思いをすることなく過ごしました。
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by thirty-satan | 2007-02-03 22:56 | 軟禁生活

病室のオカシナ面々 その1

私は過去3回「入院」というものをしており、現在4回の「入院」生活を満喫中である。




私が初めて「入院」というものを経験したのは、確か小学校に入って初めての夏休みを経験した後だった。



その時はオタフク風邪にかかり、そのウィルスが脊髄に入り込むというもので熱が下がらず意識の朦朧とする中、母親に近くの市立病院に担ぎ込まれた。
その時、脊髄に注射をされたのだがその時の痛みは今だに憶えているし、決して忘れない。



そして痛みのあまり暴れる幼い私を数人の医師や看護婦(当時は看護士とは呼ばれていなかった)が押さえ付け、あろう事かその内の一人の看護婦は私の顔を跨ぎ大きなお尻で私の頭を押さえ付けてきた。





その時の屈辱とその看護婦が履いていた下着がピンクだったことを私は憶えているし、決して忘れない。





ども、JINNです。




巨大な病院に収容されると色んな医師や看護士、それに患者さんと出会う事が出来ます。






時には以前は患者さん、というか人間だった方々とも。





私は3年前にキアリ奇形という少々変わった病気で現在収容されている都内某所の人体修復専門工場に「入院」しました。




キアリ奇形とは簡単に説明すると、
小脳が下がり頸骨に入り込んでしまい脊髄内を流れる「水」をせき止め、脊髄空洞症を引き起こし、それによって脊髄内の神経が圧迫され感覚神経や運動神経に障害が出るというもの。



私の場合、缶ジュースを右手で持った時と左手で持った時とで冷たさが違う事で異常に気が付いたのです。



明らかに右の手平では冷たさを感じない。



もちろん熱さも。



そして驚いたのは右手の甲は全く痛みを感じなくなっていたのです。



すぐに精密検査をしてもらい病名が解るとその場で
「手術しましょう」
とまるて歌舞伎役者みたいな顔をした医師から優しいお誘いを受けました。



つい「はい」と即答しそうな程本当に優しく。






ま、即答で「はい」って言っちゃったんだけどね。




手術の内容は
「小脳を圧迫している後頭部の一部の骨と、小脳の入り込んでいる第一頸椎の後ろ側の骨を取り除く」
という家の一部をリフォームするような感じ。




作業時間は8時間程度で、私は作業1時間前の鎮静剤を打たれた時点から爆睡という緊張感の無いまま、終始人任せ・・・医者任せのまま無事に終わった。



さすがにその日の夜は集中治療室に保管されていたのですが、翌朝には作業後の検査を受け一般病棟に戻されました。



私が作業後に収容された部屋は通称
「退院待機部屋」
と呼ばれ、年末ということもあり退院待ちの患者さん達だけの部屋でした。



私は最後の退院だったので3日後には皆退院していまい、退院するまでの約一週間を私は6人部屋で1人過ごす事になりました。




この通称「退院待機部屋」はちょうど手術室の出入口の横に有り、年末ギリギリ迄手術があるので昼間は意外と賑やかな部屋でした。



しかし夜になると昼間とは打って変わって静かで、私は6人部屋の真ん中でベッドのカーテンは疎か、部屋の窓のカーテンすら閉めずに寝ていました。



夜には1時間置きに部屋の出入口の左手から看護士が見回りにやってきて、出入口のカーテンの間から少し部屋の中を覗いていき、もと来た方向に帰っていきます。




そんなある夜、いつも看護士がやってくる方向とは逆の方向~手術室のある方向~から足音が近づいてくるのが聞こえました。



そしてその足音は私がいる部屋の出入口の前で止まったのです。



      つづく
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by thirty-satan | 2007-02-03 00:03 | 軟禁生活



なんとなくやってみようかなと・・・・・・
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